Mercedes-Benz
メルセデス・ベンツ
初めてこの世に「自動車」というものをたらしたブランドは、その後もずっと世界のお手本というようなポジションを守り通している。安全とか「エコ」とか、自動車に課せられてくる大きな命題に対しても、慌てて急ぎ過ぎることなくメルセデスならではの規範で対応する。口で言うのは簡単だが、それを長きにわたってつづけている確かさのようなものが、メルセデス・ベンツの真骨頂というものだろう。
1954年に発表されたメルセデス・ベンツ300SLをして「紀元前のスーパーカー」と形容することがある。たしかにテューブラー・スペース・フレームや燃料噴射式を採用したエンジン、それに並外れた高性能であることなど、ランボルギーニ・ミウラのミドシップほどではないにせよ、おおいに画期的でスーパーな存在である。なによりも上方に大きく翼を広げるような「ガルウイング」ドアはメルセデス300SLをして、別世界ののりものというイメージを起こさせる。 さて、その「ガルウイング」ドア下部のレヴァを引き出してロックを解除、上方に開いて乗込む。乗降のさまたげを少しでもなくすよう、ステアリング・ホイールは跳ね上げられるようになっている。それでも、高い敷居をよいしょと跨いで、遥かに低い位置のシートに腰を沈める。普通のドアではほとんど乗り降り不可能、ガルウイングは不可欠の装備ということが即座に理解できる。乗込んだメルセデス300SLのコクピットは、クラシカルな佇まいのなかにも、深紅の革とボディカラーとクロームのモールなどで彩られた素晴しい空間である。
もともとはレース目的で開発されたメルセデス300SLだが、市販化に際して、それこそ当時世界一といっていいスペックかちりばめられている。それは、上質に仕上げられた装備類についてもいえることで、まさしくスーパーカーの印象であった。コースをなん周かさせてもらったが、クラシックな印象のなかにも、当時の超高性能クーペの片鱗が感じ取れた。エアコンもない時代、窓の空かないコクピットは、走る季節を選ぶんだろうなあ、などと思いつつ。 1952年のレースで勝利したワークスカーの活躍から、これを是非市販モデルとしてつくって欲しい、とダイムラー・ベンツ社に働きかけたのは、米国で輸入ディーラーを経営していたマックス・ホフマン。彼はポルシェの「スピードスター」などの企画者としても知られるが、このスーパー・スポーツを1000台売ってみせると説得。実際に市販されたメルセデス300SLは1400台のヒットをみるのだから、当時のミリオネアもスーパーカーを待望していた、ということか。